こどもめも

子育・妊娠・出産・保活・保育園に預けて働きながらの育児を漫画にしました。東京在住。

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赤ちゃんを無事に産めるとは限らないから、名前は決めなかった

更新日:2018/03/09

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ただの思い出話です。

子供を無事に産めるとは限らないとずっと考えていた

それは、妊娠したときから、出産するまで毎日考えていた。
つわりや、大きくなっていくお腹や、胎動に、確かに「いる」ことを感じていたけど、いつかいなくなってしまう可能性もお大いにあると毎日考えていた。

私の周りには、妊娠中に赤ちゃんが亡くなってしまった人が、両手で数えなくてはならないくらいいる。

初期で赤ちゃんが亡くなった人が多かったけど、中には中期も人もいたし、後期の人もいた。

私も同じ体験をするかもしれない。

母も、義母も、3回妊娠して3回とも出産したらしいけど、それが当たり前ではないことを知っていた。

まず8週になったとき、医師にこれまでに流れることも多いので、よかったですね、と言われた。
15%くらいが赤ちゃんが自然と亡くなってしまう説明も聞いた。

いわゆる安定期と呼ばれる時期に入っても、毎日絶対安心じゃなんだ、と思っていた。
安定期という言葉もよくないと思う。

産休に入っても、臨月になっても、まだまだわからないぞ、と思っていた。

死ぬかもしれないと思ってドナー登録の請求をした

どうしよう、赤ちゃんが亡くなったらどうしよう、とまでは思わなかった。
不妊の病院に通って妊娠もしたけど、どうしても自覚が芽生えなくて、どこかファンタジーな感じもあった。
それとやはりどこかで「私は大丈夫」とは思っていた。

「自分だけは病気にならない」「自分だけは交通事故にあわない」と思ってしまうようなもので。

けども、漠然とした不安が常にあった。わからないぞ、これからはどうなるかわからないぞ、と。
自分が結婚や出産という大イベントを体験するとも思わなく、どうしても自分が普通を手にいれるのがありえないと思っているのもあった。

絶対可愛い赤ちゃんが無事生まれてくる! と単純には思えなかった。

そして、私ももしかしたら死ぬかもしれないんだよな、とも考えていた。
私か子供か選ぶことになるかもしれないし、私が死んで夫が1人で子供を育てることになるかもしれない。

私はドナー登録の請求をした。
もし死ぬなら誰かのためになろうと思って。

別に死んだ後は切り刻まれてもいいし、臓器でも眼球でも好きなところを好きに使ったらいい。
家族は死ぬときはきれいな身体で送り出したいだろうと思ったけど、私の意志を尊重してくれよ、と登録を送信した。
家族に優先的に臓器を与える選択肢もあるため、それに丸をつけた。
結局仕事やらなにやらでバタバタして出さずには終わってしまったけど…。(してなかったんかーいって言われそうw)

今からでも出そうかな。

生まれる前から赤ちゃんのものを揃えるのをやめた

男の子というのもあって、性別は途中ではっきりわかった。
性別がわかれば、物も揃えやすい。

けども、ほとんど何も揃えなかった。
実際揃えなくても困らなかった。

もし赤ちゃんがダメだったとき、モノをみて絶対毎日辛くなる。
ありすぎると収納に入りきらないし、とはいえ外に出しっ放しは絶対辛い。

とにかく道具は最低限のものだけ揃えた。
生まれる数ヶ月前から揃えるものは1つもなかった。

徒歩で行ける範囲に、西松屋もあったし、電気屋もあったし、ドラックストアも数件あった。
山の奥に住んでいたらきっと揃えていただろうけど、Amazonもあるし、揃えないことに不安はなかった。
強いていえばベビーベッドだけだったけども、いただきものだったので、相手のタイミングでお願いした。

出産直前に揃えるものも、できるだけギリギリにおさえた。

衣服やガーゼ、おむつ、自分の授乳用の服や、悪露用のナプキンなどは、臨月になって西松屋にいけば済むことだったし、
一応いろいろと調べて、前もって注文しなければならないものだけピックアップした。

赤ちゃんがやってくる、とうきうきして買ってしまうタイプにはなれなかった。
そうできるお母さんはきっと良いお母さんになるだろうし、ちょっと羨ましい。

だからお腹がすっかり大きくなって、もう生まれてもおかしくない時期になるまで、赤ちゃんを迎えるようにはまったく見えない部屋だった。

赤ちゃんの名前を呼ぶのも決めるのもやめた

名前も決めるのをやめた。夫と決めた。
夫も、あとから辛くなるから、名前を決めるのはギリギリにしよう、と同じ意見を言ってくれた。

赤ちゃんに呼びかけるのも、名前ではなく愛称にした。

イチゴくらいのサイズのときは「イッチー」と呼んだり、
りんごくらいのサイズのときは「りんごちゃん」と呼んだり、
エコーで見るたびに医師に胎児の大きさを聞いて、それにあった食べ物の名前で呼んでいた。(それもだんだんネタが切れてきた…)
人間っぽい名前をつけて、産んでからひきずるのもしたくなかったので、完全に名前には使わないだろう的な名前にした。

性別がわかってからはずっと「息子」と呼んだ。

名前はインパクトが大きい。
名前をつけてお腹に呼びかけて、もし生まれてこれなかったら絶対に辛いと思うと、呼べなかった。

名前の候補だけは2ヶ月前に出した

ただ、一生モノの最初のプレゼントが、出生届を出す14日間で決められるかどうかはわからなかったので、
予定日の2ヶ月前までに、夫と私と各自アイディアを持ち寄り、いくつか候補を決めることにした。

新宿のとあるお店でご飯を食べながら、夫と名前の候補をいくつか出した。
お互い持ち寄った名前はお互いあまり気に入らなくてことごとくボツになったけども、漢字の意味やリズム、から、4つくらいには絞り込んだ。
「中性ぽいのはやめて男の子らしい名前にしたい」の意見は一致した。
鉄腕ダッシュが好きな私たちはTOKIOの誰かの名前にしようか、なんていって、候補の1つが「太一」だった。

あとは赤ちゃんが無事生まれて、顔をみたらきっと、ピンとくるものがあるはず。
そう思ったけど、ピンとはこなかった笑

どうしようかなと考えていたら、候補の中から夫が選んだ名前になった。

良い名前になったと思う。

狙ったわけじゃないけど、息子を妊娠した時期に亡くなった私の祖父と、夫を可愛がってくれたらしい祖父の共通の漢字は息子の名前の一部になった。

出産もどうなるかわからない

出産までお腹の赤ちゃんが無事でも出てくるときはわからない。
なにか起こるかもしれないし、死ぬかもしれない。
陣痛がどんなものか知らないし、無事乗り越えられるのかもわからない。
はじめてだったし、なにもかも「想像がつかない」だった。

結果元気な男の子を産んだ。
夫が仕事から帰宅後の陣痛だったので立ち会ってもらえた。

でてきたときに泣き声が聞こえなくて、もしかして死んでる? と一瞬思ったけども、すぐに産声が聞こえてきて、良かった生きてるんだ、と思った。
産んだばかりのときは陣痛から解放されたほっとした気持ちがいっぱいで、ほかに余裕はなかったけど、
夫に手足と顔のパーツがあるか確認してもらって、大丈夫だよ、と言われて、実際うごいている息子をみたとき、不安が終わったと思った。
もちろん子育ての不安にかわるのだけど。

長い10ヶ月ほどの結果が、目の前にいた。

私は乗り越えられた、息子も乗り越えた。
でもきっとこれは当たり前ではないし、たまたまなんだろうと思う。

妊娠も、出産も、当たり前にあるようで奇跡。
妊娠はいつだって不安で、なにがあるかわからないから、身近な人は大切にしてほしい。
できることはしてあげてほしい。
「妊婦様」なんて言葉、悪い揶揄で使われるけど、私はそれでいいんじゃないかと思うことがある。

長い間、妊婦の間はずっと不安。
漠然とした不安。想像できない不安。

二人目以降なら、上の子のこともあって違う心配もいっぱいだと思う。
残して死ぬわけにもいかない。

長いよ、妊娠の期間、長いよ。
3つは季節変わるのよ。

無事出産したお母さんは、ゆっくり休むと良い。
いっぱいいっぱい甘やかしてあげてほしい。

幸せな安心した気持ちでみんな、出産できますように。

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